2001年1月8日(第2・4月曜日発行)

News Source of Educational Audiology

聴能情報誌  みみだより  第3巻  第404号  通巻489号


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聾学校の集団補聴器が使われない理由,その一つにループへのこだわりがあるかのように思います。音質が良く混信がない赤外線を使ったシステムがあるにも係わらず,その導入が遅れています。今回,最も進んだ赤外線システムの1つを開発されておられる山形聾学校の取り組みをご紹介できることになりました。
この資料は先の全日聾研福島大会の際に分科会で配布されたものです。「ぜひ先進の取り組みを全国に」とお願いしたところ本誌への転載をご快諾いただけました。記してお礼申し上げます。


赤外線を利用したステレオ式集団補聴システム
〜システムの開発と活用〜
山形県立山形聾学校自立活動部 


《はじめに》
きこえにくい子どもさんの教育において,教室で一斉授業をする場合,《話し手(先生や友達)と子どもさんとの距離》《周囲の雑音》等の影響を受けるため,個人用補聴器だけでは,指導者の話や意図を音声で伝えるのに限界があります。そこで,子どもさんに音や音声を十分に届けるための『補聴システム』が必要となります。
この『補聴システム』には,「磁気誘導ループシステム」や「FM補聴システム」等があります。現在,多くの聾学校では,「磁気誘導ループシステム(以下,ループシステム)」が,一番多く使用されていますが,最近,このシステムの問題点が話題となってきています。
そこで,本校では,ループシステム活用における実際の問題点を把握しながら,それを解消できるシステムとして「赤外線を利用した集団補聴システム(以下,赤外線システム)」の開発,そして,ステレオ化に取り組みました。ここに,本校の「赤外線システム」の概要とその教育的効用,そして,システムの「ステレオ化」に向けた改良とその活用をまとめました。本校の取り組みに対し,多くの方より御感想,御助言をいただければ幸いです。




第T部 赤外線システムの開発
1.なぜ,赤外線を利用するのか
聾学校の補聴システムでは,ループシステムが主で,本校でも永年にわたり活用してきました。ループシステムの活用は,子ども達の聴覚活用や聴覚学習に大きく寄与してきたと考えています。その一方,ループシステムの数が増加していくにしたがい,以下のような問題点もでてきました。

表1:本校の補聴システムの問題であった事項
@ループからの磁気漏れによる教室間の混信(特に上下階)が顕著である(フラットループにしても)
Aそのため,ループ出力を抑えると聴力レベルの比較的よい子ども意外には効果が薄くなる
B送信側のFMワイヤレスマイクで同一周波数のものは,設置する距離をいくら離しても,受信側で混信を起こしてしまう

また,日本聾話学校の加藤先生によれば,
*補聴器の器種によって,誘導コイルの感度が統 一されておらず,調整が困難である。
*ループは,低音域では,特に周波数レスポンスが悪く,音域が狭くなる。
*補聴器の高さや角度が変わると,利得が不安定に変動する。
等の問題点も指摘されています。

表1の@〜Bの3つの問題点のうち,Bについては,様々な周波数のワイヤレスマイクを調達することで問題点を解消してきました。しかし,@とAの2点については,ループシステム以外のシステムを利用するしか方法がないと考えました。そこで,日本聾話学校の赤外線補聴システムを参考にしながら,本校でも赤外線の利用を検討しました。
なお,現在利用しているループシステムを使用しない訳ではなく,ループシステムも改善を図りながら,学校全体としての補聴システムの整備を図っていこうと考えました。

2.本校のループシステムの隘路
本校のループシステムの設置は,現在の校舎が建てられた20数年前から始まりました。この当時は,図1に示すよう,床下に配管されたビニール管や鉄管にループを敷設(当時は6ターンループ)して使用していました。
図1:本校の床下ループの配線図
図1:本校の床下ループの配線図

フラットループ対応になってからも,ループの張り方を工夫し,図2のように,ループを天井に張ったり,床に直接ガムテープで張ったりしてはいますが,上・下・左・右の教室への音漏れ(特に上下階が顕著)の対処に非常に苦労しています。
図2:本校の床上ループの配線図
図2:本校の床上ループの配線図

さらに,現在の集団補聴器GH61やGH41に変わってからは,音漏れが一層顕著になりました。800MHz帯のワイヤレスマイクでは,電波の伝播範囲が広く,混信のためループシステムを全く使用できない教室も出てきました。
しかしながら,本校では今まで,次の理由から,ループシステムの方が赤外線システムよりも有効なのではないかと考えていました。

表2:ループシステムの方が有利と思われる理由
@ループは,個人補聴器をそのままの状態で使用できる しかし,赤外線を利用するには,個人補聴器の改造が必要になる
Aループは,均一な磁界でループ内では同質の音を聴取できるが,赤外線は角度によっては音を拾えない可能性があるのではないかと懸念される
B赤外線を利用する場合,受信専用のレシーバが必要で,子どもたちが装着に難を感じる可能性があると懸念される
Cループの方が,赤外線に比べ費用が安い
Dループの方が,モニターが容易にできる
Eループの方が,敷設が容易にできる


以上の6点が,赤外線導入に踏み切れなかった主な理由でした。
しかしながら,教室相互の混信が顕著になるにつれ,本校では,この6点のリスクを覚悟しながら,
★他教室への混信がない。
★音質がいい。
という利点のある赤外線システムの導入を図ることにしました。

3.赤外線システムの設置概要
(1)赤外線がもつ特徴
システムの活用にあたり,赤外線の持つ性質を把握しておく必要があります。
電波法第二条の一では,「電波とは,三百万メガヘルツ以下の周波数の電磁波をいう」と定義されています。メガヘルツ(MHz)は10Hzのことですが,10はギガヘルツ(GHz),1012はテラヘルツ(THz)と言います。ですから電波と呼ばれるものは3THzまでの範囲を表すものとなります。本システムの赤外線の周波数は3.5THz付近なので,まだEHFやSHF電波の性質をかなり持っている電磁波です。したがって,光と電波の中間の性質があると考えればよいと思います。
具体的には,
★光と同じように直進する
★金属板や鏡等で反射させることができる
★光を通さないもの(カーテン等)で遮断することができる
といった性質があると言えます。

(2)本校の赤外線システムの概要
本校の赤外線システムのブロックダイヤグラムを図3に示します。日本聾話学校の赤外線システムは市販されていませんので,このシステムは,市販されている機器を組み合わせて製作した本校独自のシステムです。
図3:本校の赤外線システムのブロックダイヤグラム
図3:本校の赤外線システムのブロックダイヤグラム

本システムは,ワイヤレスマイク(赤外線ワイヤレスマイクまたはFMマイク),赤外線受光センサ部(またはFMチューナ),オーディオミキサ部,オーディオアンプ部(電力増幅部),トランスミッターモジュレータ部,トランスミッタ発光ユニット部,生徒用赤外線レシーバ部から構成されています。
本システムの動作は以下の通りです。
@ワイヤレスマイクから送られた音声は,赤外線受光センサ(またはFMチューナ)を通して音声電流に変換され,オーディオミキサ部に送られます。
Aオーディオミキサ部では,CDやその他の機器から送られてくるそれぞれの音声電流を適当なレベルに調節し,オーディオアンプ部(電力増幅部)に送ります。
Bオーディオアンプ部(電力増幅部)では,周波数変調できる電力まで増幅した後,トランスミッタ・モジュレータ部に送ります。
Cこのモジュレータ部では,増幅された信号を2つの搬送波(右チャンネル:中心周波数2.8MHz,左チャンネル:中心周波数2.3MHz)のいずれかに周波数変調をします。
この際,左右のチャンネルをそれぞれ違った信号で変調してすば,ステレオで信号を送ることも可能です。
D周波数変調されたFM波は,同軸ケーブルでトランスミッタ発光ユニットへ送られます。発光ユニット部では,FM波を中心波長850nm(3.5THz付近)の赤外線に変調し,発光ユニットから放射します。
EFM変調された赤外線は生徒用赤外線レシーバで受信し,HF帯のFM波に変換します。
FこのFM波を周波数弁別器に通して,もとの信号電流を取り出します。この信号電流を赤外線レシーバに内蔵されている低周波数増幅器で増幅し,タイループやシルエットインダクタ,オーディオコード等を経由して,それぞれの個人用補聴器に音や音声信号を届けます。

(3)赤外線システムの各部
本システムの設置は,図4(5ページ)の通りです。
 
1)送信用のワイヤレスマイク
必ずしも「赤外線ワイヤレスマイク」に変える必要はなく,「FMマイク」「有線マイク」も使用しています。また,CDやカセットレコーダをオーディオミキサに接続することで音楽や音声を聴取することも可能です。
 
2)出力の保障
「ミキサ」や「アンプ」は,出力さえ保障されているものであれば,何を利用してもかまいません。本校では,コストを抑えるため,従来使用していたGH61のアンプ部等も利用しています。
 
3)赤外線システムに必要な3点
アンプで増幅された音・音声信号は,トランスミッタ・モジュレータ(インフラレッド・トランスミッタ:TMR IF10K,SONY社)で赤外線にのせて,天井に取り付けたトランスミッタ発光ユニット(インフラレッド・エミッタ:IPF10,SONY社)から生徒の赤外線受光レシーバ(コードレスステレオイヤーレシーバ:MRF IF33,SONY社)に送られます。赤外線システムに不可欠な用品として図5の3点が挙げられます。

図5:赤外線3点セット
図5:赤外線3点セット
図5:赤外線3点セット

4)エミッタ(発光ユニット)の設置
教室が6〜8M四方の広さであれば,天井のエミッタは,教室の四方の角とその間の合計6本で十分だと思われます(4本でも可能ですが,教室内で受信できない場所が生じる可能性があります)。モジュレータ1個につき,2本のエミッタを担当するので,合計3個のモジュレータが必要になります。発光装置の増設法を図6に示します。
図6:発光装置の増設方法
図6:発光装置の増設方法
 
5)赤外線レシーバについて
赤外線レシーバは,通常胸ポケット等に装着しますが,邪魔になるときは,肩や背中につけても支障ありません。このジャックの部分に,タイループやシルエットインダクタ,オーディオコード等をつなぎ,補聴器に音や音声を届ける訳です。
図7:赤外線レシーバの使用状態
図7:赤外線レシーバーの使用状態
リスクの中で,一番難点と思われた表2の@(個人用補聴器を改造し,外部入力端子をつける)をクリアするため,図7のように,赤外線レシーバにタイループ(RION社)をつなぎ,タイループが作る磁界から補聴器のテレホンコイルに音や音声を届けるようにと考えました。
また,表2のBにあげた装着の煩わしさを訴える子どもは,予想外に一人もいませんでした。むしろ新しいものに関心があったのか,進んで装着する子どもが多かったです。表2のDのモニターも教師用のレシーバを用意することで,さほど心配することはありませんでした。

4.校舎から考えた赤外線システムの設置場所
本校の集団補聴器の大部分は,ループ式システムです。送信用のFMマイクは,全て周波数を変えてあるので,電波の混信は軽減しました。しかしながら,図8の通り,普通教室が互いに密接しています。特にB棟の上下階では,ループから派生する互いの音の干渉で授業に支障が出るため,出力は小さめに設定し使用せざるを得ない状況です。
そこで,ループ同士が及ぼす影響をできるだけ少なくするために,赤外線システム5台を2階の教室に設置しました。その結果,ループは1階と3階の床で 7.4m離れ,上下の影響は減ることになりました。さらに,3階の床に張り巡らしたループを天井に張ることにより,下の階へ与える影響をより軽減でき,自教室の出力をあげることができるようになりました。
また,2階は主に小学部中高学年で,学習活動全体を通して音・音声環境を整えることが求められる時期にあります。音質のよい赤外線式のものを使用することにより,学習効果の向上に寄与することができるという利点も期待されます。

図8:本校の赤外線システムの配置図(斜線部)
図8:本校の赤外線システムの配置図

図9:3階が出力元である時の各階の感度
図9:3階が出力元である時の各階の感度

5.赤外線システムの活用にあたって
本システムを活用するにあたり,いくつかの作業を行いました。
(1)アンプのボリューム設定
タイループからの出力を安定させるため,ループモニタを用いて出力の測定をし,アンプのボリュームを設定しました。
 
1)電気工作室で1回目の測定
ワイヤレスマイクからの入力 90dBの1kHzの較正音としました。この結果,
@タイループから20cm(子どもが首にかけた状態の距離)では520mA/m
Aタイループから0cm(最大出力点)では200〜300mA/m
と出力不足でしたので,ミキサーのライン出力につなぎ,出力をあげました。
 
2)電気工作室で2回目の測定
@タイループから20cm(子どもが首にかけた状態の距離)では,200〜250mA/m
Aタイループから0cm(最大出力点)では,
∞(測定不能)mA/m
[このときのアンプのボリュームは8]

(2)ループと赤外線間での出力差
養護・訓練室(現在は自立活動室)には,赤外線システムとループシステムの両方が設置されています。両者の出力差を比較した結果,図10に示すよう同出力設定では,赤外線の方が20dBも強く補聴器に音が届いていました。
図10:赤外線とループの出力差
図10:赤外線とループの出力差
図11:首の傾きによる出力差
図11:首の傾きによる出力差

(3)教師による試聴
教師が補聴器を両耳装用し,ループシステムと赤外線システムの双方でCDからの音楽や単語を試聴してみました。その結果,
赤外線システムでは,ループシステムよりも安定した音質のよい音色で聞き取ることができた
首を動かすことにより,信号の強弱が若干感じられた
   首の傾きによる出力差を測定したところ,
   図11に示すよう6dB程度の差が見られた。
教室内では,場所による音声の途切れや強弱は感じられなかった
日光の影響は通常の授業の形態では,特に気にならなかった

(4)試聴した子どもの感想から
今までより,はっきり聞こえる
(自分の)教室の(集団補聴器)はよく聞こえないけど,ここではよく聞こえる
黒板に字を書く音まで聞こえる
大きく高くきこえる
よびかけ補聴器(FM補聴器?)で聞いているよう
ふつうに話をきいているみたいだ(Mの状態で)ことばがよく分かる

(5)高等部生徒による単語聴き取り検査の結果
本校高等部生徒15名を対象に,『補聴器適合評価用CD(TY-89)』の幼児用2音節単語(10単語)のきき取りをさせ,赤外線システム,ループシステム,スピーカ使用時におけるきき取りの成績を比較しました。
検査の前に,よくきこえるように自分でボリューム調整することを練習させました。この結果を表3に示します。
全体的に,補聴システム間での成績に大きな差はなく,一概にどちらのシステムが優位との判断はできません。一部の生徒には,赤外線システム使用時の方が成績が良かった者もみられました(生徒A,生徒)。
これは,音質の良さだけでなく,赤外線システムでは,個人毎に赤外線レシーバのボリュームを調整することが可能なことも影響したのではないかと,考えられます。
さらに,各システムで音の好みの順位をつけさせたところ,赤外線システムをあげた生徒が15名中9名(60%),ループをあげた生徒は1名(7%)でした。

表3:補聴システムの違いによる単語の聴取成績
生徒名 良聴耳聴力レベル 使用補聴器 赤外線使用 ループ使用 スピーカ使用 好 み
高1A
高1B
高1C
高1D
高1E
高1F
高1G
高1H
高1I
高3A
高3B
高3C
高3D
高3E
高3F
94dB
102dB
127dB
100dB
103dB
92dB
100dB
112dB
103dB
104dB
65dB
100dB
103dB
102dB
115dB
HB75AL
E39PL
604PL
HB75AL
HB75AL
HB11
G2E
HB75AL
G2T
G2E
TR674
HB75AL
G2T
G2E
G2E










10


10










10








10




10


10
赤外線
赤外線
赤外線
スピーカ
同じ
同じ
赤外線
赤外線
赤外線
ループ
同じ
赤外線
赤外線
赤外線
スピーカ
合計     96 84 97 60%

6.赤外線補聴システムの長所や短所
(1)赤外線システムの長所
赤外線は本質的には光なので,壁や床,カーテン等で遮ることが可能です。したがって,同一の周波数を使っている装置でも他の教室との混信の心配がありません。本校では,この点を最も重視しました。
レシーバを個人持ちにすると,教室移動や異学年合同授業の際も,そのまま活用することができ,つけかえの心配がありません。
赤外線は,極めて音質が良いと言われています。補聴器への届け方を工夫すれば,マイク特性と同じ理想的な周波数レスポンスが得られます。
電波法の制約を一切うけないので,変調したときの周波数偏移をいくら大きくしてもかまいません。本システムでは,計算上 18Hz〜22,000Hzの信号域を送ることができるようになっています。
従来使用していたアンプ等の利用により,予想より安価で設置することができました。

(2)赤外線システム使用の短所
赤外線システムは,屋外では使用できません。
直射日光が当たると,赤外線の信号が弱くなることがあります。ただし,通常の授業では,まぶしいときにはカーテンを閉めるので,ほとんど影響はありませんでした。
赤外線受信レシーバを装着するので,多少煩わしさがあると思います。また,赤外線レシーバの使用法やボリューム値は,指導者が管理・指導する必要があります。

7.赤外線システムのさらなる改良
(1)赤外線マイクの複数設置による相互通話の試み
他教室には干渉しないという点を完全なものにするために,送信の方も電波を使用せず,赤外線を使おうと考え,既製品の赤外線マイク(カラオケシステム等で使用されているもの)をピンマイク型に改造して導入しました。また,チューナーを増やし,児童生徒にもマイクを持たせることにより,教師の話だけでなく,生徒同士の相互通話を試みました。

赤外線マイクの長所として
周波数が少なくて済む。
1本のマイクがいろいろな教室で使える。
比較的安価である。
音質向上が期待できる等が挙げられます。
しかし,実際使用してみると,次のような問題点も生じました。
マイクの本数を増やすと混信しやすい
受光アンテナが複数本必要になる
大きくて,携帯用には不便で扱いにくい
マイク数が増加するとその分ノイズも拾いやすい
そこで,現在は,マイクの本数を制限したり,本体のスケルチ回路の機能を強化したりして,改造している最中です。また,タイピン型のマイクの方も装着の面でより良い方法がないかと実践を通しながら模索しています。

(2)レシーバから個人補聴器への送信について
現在,タイループをつけたレシーバを個人専用にして,子どもの聴力レベルに合わせてボリュームを固定しています。
この結果,音や音声をさらにききやすくすることが可能となりました。また,タイループからレシーバまでのコードの長さも個人の体格に合わせて調節し,装着も容易になりました。しかしながら,レシーバの位置が机とぶつかり故障の原因となったケースもあり,装着の仕方を検討しています。現在では,ほぼ全員が胸の位置の装用を好んで使用しています。
音質をよりよくするために,外部入力端子付の補聴器を装用している生徒にオーディオコードとオーディオシューを利用したきき取りとタイループでのきき取りを比較させました。
赤外線レシーバと補聴器をダイレクトに接続したオーディオコードやオーディオシューでのきき取りの方が,出力の大きさ,音質共に優位で,特に低音でかなりの違いが得られると予想されます。きき取りを実施した段階では,生徒はタイループ使用に慣れているため,好みやききやすさはいずれも半々でした。しかしながら,レシーバのボリューム値をみると,5名中4名の生徒は,タイループ使用時の方が大きかったです。このことから,ダイレクトに接続する形態の方が増幅度に余裕を持たせて使用できるというメリットが感じられました。
今回は,サンプル数が少ないため,今後も継続して,比較調査していきたいと考えています。
また,既存の使用し,コストを抑えるという理由から,タイループを使用することにしましたが,その際の周波数特性をよりフラットにできないかということも考えています。


以上,本校なりの赤外線システムの開発と導入について,述べてまいりましたが,今後の課題として次の2点を考えています。
@タイループから個人補聴器に到達する信号強度の不安定さを解消する必要がある。
→『首の傾き』や『タイループの特性』によるもの
A個人補聴器を両耳装用した場合,子ども達は日常生活ではステレオのきこえである。それに対し,既存システムではモノラルのきこえになってしまうため,より自然なきこえであるステレオ方式にする必要がある。



第U部 赤外線システムのステレオ化
1.赤外線システムの改良のポイント
第T部で述べた赤外線システムの課題を解決するため,本校でできる開発として,以下のような改良に取り組むことにしました。

できるだけコストを押さえながら,赤外線レシーバの出力レベルを一定にして個人補聴器に届くようにする。→受信部の信号安定性保障
現在使用しているシステムのモジュレータ部の2チャンネルを使用し,個人補聴器の左右に異なる信号が送れるようにする。→送信部並びに受信部のステレオ化

2.改良赤外線システムの概要
(1)受信部の改良〜入力レベルの安定とステレオ化〜
1)市販のシルエットインダクタ2個をステレオピンジャックで1つにまとめ,Y字コード型にし,赤外線レシーバに接続しました(図1 @)。
2)外部入力端子付の補聴器を装用している子どもには,外部入力中継コード(オーディオコード)を@と同じY字型に改造し,赤外線レシーバに接続しました。(図1 A)。
図1−@:シルエットインダクタを装着した状態
シルエットインダクタを装着した状態
図1−A:外部入力中継コードを接続した状態
外部入力中継コードを接続した状態

(2)送信部の改良〜ステレオ送信化〜
本校で改良したステレオ方式の赤外線システム(以下,赤外線ステレオ式システム)のブロックダイヤグラムは,図2の通りです。
図2:両耳聴赤外線補聴システム
両耳聴赤外線補聴システム

基本的な仕組みは,従来の赤外線システムと変わりません。モノラルをステレオにするためには,
@送信用マイクをステレオ方式のものにする
したがって,送信用マイクにコンデンサーステレオマイク(ECM-MS5)を使用し,DCパワーサプライユニット(DC-MS5)をオーディオミキサ(SRPX350)につなぎました。
A赤外線モジュレータの2チャンネルを利用する
現在使用しているモジュレータは,2チャンネル(2.3MHzと2.8MHz)の変調が可能です。それぞれ「右側,左側」と異なる信号を送るようにしました。したがって,マイクだけでなく,CDやカセットのステレオ送信も,オーディオミキサに入力することにより可能になりました。

表1:1教室あたりの基本的費用
品  名 数量 金額(単価)
 1
 2
 3
 4
 5
 6
 7
 8
トランスミッターモジュレータ
発光ユニット
シルエットインダクタ
赤外線レシーバ
コンデンサ ステレオマイク
DCパワーサプライユニット
オーディオミキサ
ジャック,ケーブル等







 
29,880(9,960)
21,900(3,650)
9,000(4,500)
 
96,000
46,000
64,000
 

(3)赤外線ステレオシステムにかかる費用
普通教室に設置することを想定した場合,表1のようになります。
シルエットインダクタと赤外線レシーバは,一人分の金額を示しています。生徒の人数分経費が必要となります。
ここでは,ステレオ式システムにするために必要な物と価格をおおまかに示しましたが,マイクやオーディオミキサが高価です。本校で従来稼動している赤外線システム(モノラル)であれば,1〜4,そして7の品があれば間に合います。
価格を抑えるために,工事費や修理にかかわるコストを抑えることも考えられます。本校では,事務部や業務部との連携を深めながら,本校職員でできることはできるだけ業者に拠らないようにして,コストを抑えるようにしてます。本校のシステム開発やメンテナンスを考えると,事務部,業務部の協力無しには成り立ちません。

3.赤外線ステレオ式システムによる聴取事例
今回,改良を加えた赤外線ステレオ式システムによる音や音声の聴取を本校児童生徒13名に実施し,@タイループとインダクタ(とオーディオインプット)での聞こえ方の比較,Aモノラル式ステレオ式での聞こえ方の比較を試みました。
 なお,音素材は,児童生徒の学年に応じて音楽(オーケストラ),環境音(乗り物や動物の通過音),音声等を用いました。
(1)タイループとインダクタとの比較
 同一の音素材に対し,タイループとインダクタ双方の受信部を用いて,10名の児童生徒に試聴してもらいました(外部入力端子付補聴器使用の生徒5人にはオーディオインプット[AI]も試聴してもらいました)。
 試聴した際のききやすさや好みを受信部間で比較させた結果,表2に示すよう10名全員がタイループよりもインダクタの方がよいと答えました。

表2:比較聴取結果
タイループ
インダクタ
0名
10名
 
 
タイループ
インダクタ
AI
0名
2名
3名
 

また,試聴時における赤外線レシーバの増幅度を受信部間で比較しました。まず,タイループとシルエットインダクタの双方を用いて試聴してもらった際,生徒には一番ききやすいボリュームにするよう指示し,それぞれのボリューム値を記録しました。
この結果,表3に示すよう,10名中9名が,タイループ使用時より,インダクタ使用時の方がボリューム値が小さくて済みました。

表3:試聴時のボリューム値の比較 1
 タイループ>インプット
 タイループ=インプット
 タイループ<インプット
9名
1名
0名
 

次に,インダクタとオーディオインプット(AI)双方を用いて試聴してもらい,それぞれのボリューム値を比較しました。その結果,表4に示すよう5名中4名が同じ値,1名はインプットの方が小さいことが分かりました。

表4:試聴時のボリューム値の比較 2
 インプット>AI
 インプット=AI
 インプット<AI
1名
4名
0名
 

試聴時,児童生徒から得られた感想として下記をあげることができます。

表5:試聴時の児童生徒からの感想
 雑音が少なく声がはっきりときこえる
 リズムやメロディーが分かりやすい
8名
2名
 

このことから,下記の@〜Bの効果が得られたことがわかりました。
@インダクタを使用することにより,タイループから個人補聴器までの距離による信号の減衰がなくなるので,赤外線レシーバの増幅部を余裕をもって使える
A首の動き(傾き)による補聴器の入力レベルの変動がなくなり,安定した音が得られる
B補聴器のコイルとインダクタのコイルのインピーダンスマッチングがとりやすく,歪みが少ないので聞きやすい
一方,下記のC,Dの課題が明らかになりました。
C個人補聴器と耳の間に,さらにインダクタが入り込むことで,児童生徒によっては耳に違和感を感じる者も若干いた(特に,眼鏡をかけている子ども)
D音質は良くなるものの,フィルドノイズも拾いやすくなり,そのため,受信部の増幅度の微妙な調整が必要だと思われた
子ども達の聴覚を保護することは,我々の重要な責任であることから,インダクタを装着する際の音響特性を測定しました。

(2)インダクタ装着位置による特性の違い
補聴器の器種により,補聴器内部のテレホンコイル取付位置が異なるため,シルエットインダクタを補聴器のどちら側に装着すればよいのか検討しました。

[測定方法]
本校の赤外線システム(モノラル式)を設置した教室に特性装置を置き,特性装置から出される音をワイヤレスマイクを介して,インダクタから補聴器に入力するようにしました。

[使用補聴器とその調整]
RION製HB-13補聴器を下表のように調整した状態で測定しました。

表6:測定補聴器の設定状態
調整器
ボリューム
MTバランサ MT 同右
音質(H) Nomal 同右
音質(L) Nomal 同右
GAIN 最大 同右
出力制限 4/5 同右

[インダクタの装着位置による特性の違い]
RION製補聴器のスイッチは, O MT M という配列になっているため,@スイッチO側にインダクタを装着した場合,AスイッチM側にインダクタを装着した場合で,それぞれの特性を測定しました。
その結果,図3に示すよう,スイッチO側にインダクタを装着した方が,大きな利得が得られることがわかりました。
また,WIDEX社製の補聴器についても同様に特性を測定したところ, M MT T というスイッチ配列に対し,T側にインダクタを装着した方が利得を得られることも分かりました。本校の子ども達が,正しく装着することができるよう,図を掲示し,指導してもらうようにしました。
また,インダクタの左右にシールを貼り,間違えないようにしました。
シルエットインダクタの使い方
図3:インダクタ装着位置による特性の違い
インダクタ装着位置による特性の違い
図4:赤外線レシーバの増幅度と特性
赤外線レシーバの増幅度と特性

(3)インダクタ使用時のボリューム設定
タイループに比べ,音響利得が得やすくなった分,子ども達の聴覚を保護し,快適なきこえを保障するためのボリューム設定の必要性がより強くなりました。(2)で使用した補聴器を用いて,赤外線レシーバのボリュームと出力の状態を測定しました。その結果は図4の通りです。

赤外線レシーバのボリュームをあげた際でも,補聴器の出力制限がなされていると,それ以上に大きな音が入ることはありませんでした。しかしながら,ボリュームを上げ過ぎると,ダイナミックレンジがせばめられてしまいます。したがって,図4では,ボリューム2〜3程度が適当かと考えられました。本校の赤外線システムでは,シルエットインダクタを使用している子どもがまだ少ない(予算化が課題)のですが,子ども達の補聴器を用いて,適切なボリュームを設定するようにしました。
その上で,中学〜高等部の生徒には,各自がボリュームを調節し自分にとって快適なきこえの状態を作るように働きかけました。

(4)ステレオ式とモノラル式との比較
次に児童生徒に,同一音素材をモノラル式,ステレオ式双方で聞いてもらい,印象や聞こえ方の違い,聞いて思い浮かべたこと等を尋ねました。結果を表7に示します。

表7:モノラル/ステレオの聴印象等
モノラルに対して
自分の目の前の音だけ聞こえ,範囲が狭く感じられる
4名
乗り物は前後に移動している感じがする
3名
左右同じで,音の大きさや高さが単調な感じ
3名
左右同じで,はっきり聞こえる/ステレオだと曖昧な感じ,いろいろな音が混じり合っている
2名

ステレオに対して
乗り物が遠くからやってきて,自分の前を通過し,反対側にいき,左右に移動した
5名
ステレオマイクの左右から声を出すと左右の聞こえが変化する,また,乗り物や音楽では左右の音の大きさや高さが異なる
7名
音の大きさや高さが変わり,音楽のメロディー,リズムが分かりやすいし,色々な楽器の音が聞こえる
3名
乗り物の通過音では,音の増減がスムーズなため,聞こえる音の範囲が大きい
4名
今まで聞いたことのない感じで迫力がある
3名

このことから,
@ステレオ式の方が両側から聞こえる感じがすると共に,音の方向(遠近感)が左右上下前後と広範囲に意識される
Aそのため,子どもが既にもっている音のイメージを複雑にするのではないか
ということが考えられました。

なお,現状のステレオマイクは大きいので,それに配慮した話し方をする必要がある(子どもの読話を遮らないよう配慮)とも考えました。
実際の授業で使用するには,大き過ぎるため,学習場面によっては,不便な場合もあると思われました。ステレオ式のワイヤレスマイクではなくとも,既存のワイヤレスマイク2つを合わせて改造するなど,検討の余地があります。

4.赤外線ステレオシステムを利用した聴覚学習
資料の最後に,本校で行った聴覚学習の一部を掲載しました。どのような音・音声(映像も含め)をどのような形で取り上げていくか...試行錯誤をくり返しています。

5.システムの改良の成果と課題
今回の改良により,今まで課題であった受信側に届く信号の安定性がより保障されました。また,搬送波に2チャンネルの赤外線を使ってステレオ化することで,補聴器を両耳装用している子どもたちの中には,空間の広がりをイメージした者が多くいました。これは,子ども達が聴覚的イメージを作り上げていく上で効果が高いのではないかと考えています。
また,ステレオ式で映画や音楽を視聴した生徒の多くは,せりふや歌詞が鮮明にきこえると述べていました(最後の資料参照)。本校で行った実践は,事例が少ないこともあるため,ステレオ式の効果を述べる段階ではありません。全ての学習にステレオ式システムを導入するということではなく,学習内容や場面に応じて従来のシステムとステレオ式システムを使い分けることで,聴覚学習の可能性が広がるのではないかと考えています。
一人ひとりの聴力レベルや左右差,生活経験や聴覚活用の経験,既有の音のイメージ等によって,きこえ方や印象が異なるので,それを尊重しながら,聴覚活用を推進していくことが重要だと考えています。

《赤外線システムの今後の課題》
 
@予算化をどうするか。
赤外線の3点セット(モジュレータ&発光ユニット&赤外線レシーバ)にシルエットインダクタを加えたものを基本としながら,既存機器の活用を図りながら,安価での導入を考えていきたい。
 
A機器のチェックを容易にできないか。
赤外線システムでは,使用する部品が多くなるため,動作に異常が生じた場合,故障箇所をすぐに特定できない可能性もあります。機器の使用法を研修する機会を設けたり,自立活動部員内で点検方法や要領を研修したりする必要があります。
 
B故障時の補修が迅速にできる体制作りが必要
自立活動部員だけでなく,事務部,業務部との連携を深め,校内での補修ができるよう,研鑽していきたいと考えています。
 
C装着の煩わしさの改善
コストを抑えるため,制限はあるものの,子ども達にとってより使いやすい物となるよう,子ども達の意見をききながら,取り組んでいきたいと思います。
 
D赤外線ワイヤレスマイクの性能向上
使いやすさを重視し,コンパクトな形を追求していきたいと考えています。また,赤外線受信アンテナ等,送信面での改善も検討する必要があります。
 
Eループシステムとの共存
グラウンドや体育館,遊技室等は,ループシステムを利用した方がよいのが現状です。赤外線は屋外での使用が不可能なため,運動会では,空中ループを施設しています。ループシステムの長所を活かしながら,よりよい音環境を整えていきたいと考えています。


《参考文献》
1)松木澄憲(1984):聴覚活用とループシステム.聴覚障害.39(7)4-11
2)芳之内修・高橋信雄(1995):FM補聴システムのフィッティングの試みについて.聴覚障害教育工学 19(1)1-9
3)田中美郷他(1986-1988):補聴器適合評価機器の試作に関する研究,昭和63年度科学研究費補助金試験研究
4)山形県立聾学校 養護・訓練研究グループ(1984):磁気誘導ループ式集団補聴装置の使用,山形聾学校研究紀要.12,33-50
5)加藤大典・中川永弘・宮川孝昭(1996):CASAを利用した赤外線補聴システムの評価.Audiology Japan.39(5)391-392




資 料 赤外線ステレオ式システムの活用例


《実践例1 高等部1年 音楽とビデオ鑑賞》
1.目的
音楽並びにビデオ鑑賞を通して,ステレオ式でのきこえ方と家庭でのきこえ方とを比較する。
生徒が感じたステレオ式でのきこえ方の特色を明らかにし,今後の聴覚学習における基礎資料(音素材,提示の仕方,学習活動の展開等)を得る。
2.調査の方法
(1)対象生徒 高等部2名(調査当時は中学部3年)
(2)使用した音素材
@日頃,家庭で好んできいている音楽CDから2曲選択させ持参させた。いずれもステレオ録音。
生徒I男:Still growin' up(グローブ),Garden(sugar soul)
生徒H男:HAPPINESS,HOWEVER(グレイ)
A映画『ジュラシックパーク』の字幕つきビデオテープ(ステレオ録音)
(3)調査方法
@音楽鑑賞:選択した2曲をステレオ式(シルエットインダクタ使用)とモノラル式(タイループ使用)の双方で聞かせ,きこえ方や印象の違いを述べてもらう。
Aビデオ鑑賞:恐竜が登場する場面30分程度をステレオ式システム(シルエットインダクター使用)で鑑賞してもらい,家庭で鑑賞したときとの比較やステレオ式でのきこえ方,印象等を述べてもらう。
3.調査の結果
生徒 平均聴力レベルと聴取後の感想


平均聴力レベル 右 91dB 左 105dB  両耳装用 47dB  WIDEX L12装用
家では,市販のイヤホンを補聴器のマイクのところにつけてきいている。
インダクタを使うと,家できくより音楽の歌詞がよく分かる。ステレオの方が,歌詞のことばやメロディーがよく分かる。家では,歌詞カードを見ながら歌をきいている。自分は,Gerdenをきくと,心がホッと落ち着くような気分になり,好きだ。ステレオできくと,プロモーションビデオの風景が思い浮かべられるし,自分も歌手のそばできいているような感じがする。友だちの曲も歌詞が分かりやすい。
ジュラシックパークは,家でもビデオを見たことがあるが,ステレオでききながら見ると,ものすごく迫力がある。まるで,映画の撮影現場にいるような感じがして,恐竜が近付いてくる雰囲気がよく分かって,面白かった。


平均聴力レベル 右 117dB 左 114dB 両耳装用60dB  RION HB-79P装用
家では,CDラジカセのスピーカに顔を近付けてきいている。
家では,歌詞カードを見ながら歌をきいている。ステレオで音楽をきくと,家できくより歌詞が分かりやすい。映画の方も家でビデオを見たことがあるが,ステレオだとことばがはっきり聴こえる。英語だから,なんといっているか内容は分からないけど,「英語でしゃべっている」っていうのがよく分かる。少しきき取れた単語もあった。
映画は,ステレオでききながら見ると,恐竜が後ろや斜め後ろからくるような感じがして,迫力があった。音をきいていると,「恐竜がどっからくるんだろ?」って,ちょっとビビった。恐い感じがした。他の映画もこんな風に迫力あるんだろうなと思った。

4.考 察
2名とも,ステレオ式システムを使った方が,音楽ビデオともに言葉が明瞭にきこえると述べた。シルエットインダクタによる音質の良さもあると思われるが,演奏される楽器音や映画に出てくる環境音(恐竜の足音,枝の折れる音等)とは別に,歌詞やせりふが鮮明にききとれたことに驚きを感じていた。
2名とも,家では歌詞カードを見ながら音楽鑑賞をしており,歌詞をきくことが楽しみのひとつであることが感じられた。すでに言語を獲得している生徒にとって,ステレオ式で音楽や音声を聴取することは,知っている言葉を想定・推測しながらきき取るために有効ではないかと考えられた。
2名とも,音と映像を共に鑑賞しながら,臨場感と音空間の広がりを感じ取っていた。音空間の広がりを感じ取ることは,音に対するイメージをより広げ,音や音楽を楽しむ上で,有効なのではないかと考えられた。今回の鑑賞を通して,生徒が日常生活において,聴覚を活用し,自分なりの音に対するイメージを育んできたきたことを改めて感じた。



《実践例2 高等部・専攻科 音楽や映画の鑑賞》
1.目的
音楽CD並びにビデオを,タイループとシルエットインダクタの双方で鑑賞させ,タイループとシルエットインダクタ間の比較とモノラル式とステレオ式のきこえの比較をさせる。
生徒が感じたステレオ式でのきこえ方の特色を明らかにし,今後の聴覚学習における基礎資料(音素材,提示の仕方,学習活動の展開等)を得る。
2.調査の方法
(1)対象生徒 専攻科1年 3名, 高等部2年 3名
(2)使用した音素材(いずれもステレオ録音)
@音楽CD 『童 謡』
A字幕つきビデオ『遥かなる甲子園』
(3)調査方法
音素材をステレオ式(シルエットインダクタ使用)とモノラル式(タイループ使用)の双方できかせ,きこえ方や印象の違いを述べさせたり,記述させたりする。

3.調査の結果
タイループとシルエットインダクタ間での聴取比較(専攻科生徒)    ( )内数字は生徒の好みの順位




試 聴

形 態
Q  子 P  男 R  子
平均聴力レベル
右 108dB 左 120dB
両耳装用平均 62dB
WIDEX G2両耳装用
平均聴力レベル
右 103dB 左 102dB
両耳装用平均 58dB
RIONET HB-75AL両耳装用
平均聴力レベル
右 112dB 左 114dB
両耳装用平均 60dB
RIONET HB-75AL両耳装用




無 し 少しだけきこえる (3) ふつうにきこえる (3) 少しはきこえる (3)
タイ
ループ
レシーバVol.10
はっきりきこえる
(1) レシーバVol.4
普通にきこえる
(2) レシーバVol.8
好みの音がする
(1)
シルエット
インダクタ
レシーバVol.6
音が大きい
(2) レシーバVol.2
高い音がよくきこえる
(1) レシーバVol.6
色々な音がきこえる
(2)




無 し きこえない (3) リズムが少し分かるだけ (3) 音が小さい (3)
タイ
ループ
レシーバVol.8
よくきこえない
(2) レシーバVol.6
少しきこえる感じ
(2) レシーバVol.6
少し大きくきこえる
(2)
シルエット
インダクタ
レシーバVol.5
ことばがはっきりきこえる
(1) レシーバVol.2
一番よくきこえる
(1) レシーバVol.2
ことばもはっきりきこえる
(1)
★レシーバのボリュームは,各生徒が一番ききやすいように,自分で操作させた     


試聴後の生徒の感想から(高等部2年生徒 3名)

K男(平均聴力レベル 右 92dB 左 95dB 両耳装用 45dB):自分はきこえる方なので,テレビを見るとき,タイループでは,家でのきこえ方とそれほど変わらなかった。が,シルエットインダクタはよくきこえる方だ。以前,モニターとしてきいたときと同じで,シルエットインダクタを多く作ってもらい,すべての聾学校に置いた方が,絶対にいいと思う。シルエットインダクタにも限界があり,自分よりもきこえない人からは「よくきこえない」という声もきかれた。タイループはときどき雑音が入るので,古くなってきたような感じがした。何もつけていないときは,聞こえない(補聴器をつけていれば聞こえる)。

M子(平均聴力レベル 右 128↓dB 左 128↓dB 両耳装用 80dB):シルエットインダクタだと,テレビの音,ことばがきこえて字幕が分かった。CDは音声がよくきこえた。でも,話の内容は分からなかった。テレビの字幕を見ながら音声も聴きたい。

W男(平均聴力レベル 右 90dB 左 120dB 片耳装用 40dB):タイループから音はきこえるが,MTにしたときに,音を拾う力が弱い感じがした。しかし,自分にとってはこれでも大丈夫。ただし,ときどき雑音が入る。シルエットインダクタは,音がきこえすぎる感じがした。

X子(平均聴力レベル 右 60dB 左 62dB 片耳装用 32dB):何も使わないできくよりも,使った方がききやすいと感じた。自分としては,タイループの方がけっこうききやすいと思った。しかし,タイループでは,きくものによって,ことばよりも音の方が強くきこえると感じるところもあった。人の声がきき取りにくい所もあったが,歌(CD)とは,そんなものなのだろうか?今度はオペラとか劇等をききたい(見たい)と思う。 

Y子(平均聴力レベル 右 75dB 左 105dB 片耳装用 38dB):タイループ,シルエットインダクタのどちらもきこえるが,CDは音楽と一緒はきこえない。テレビは周りの風景(風の音等)の音がきこえて嬉しい。給食でも音楽を流してほしい。ききたい。

4.考 察
専攻科1年の3名は全員両耳装用であるため,シルエットインダクタによってステレオ式でのきこえ方を体験し,驚きを覚えたようであった。そのため,映像と音声とが同時に提示されるビデオではステレオ式だと様々な音がきこえ戸惑いを覚えたようだった。音(音声)のみが提示されるCDでは,シルエットインダクタによるステレオ式でのきこえの方がことばが明瞭にきこえることが明らかになった。今後,シルエットインダクタの使用とそのきこえ方に慣れていくと,どのような感想になるのか追跡調査する必要がある。
高等部2年生徒は,5名中2名のみが両耳装用であった。片耳装用の生徒の調査からも,シルエットインダクタだと言葉の明瞭度が向上すること,音質が安定していることが明らかになった。聴力レベルにかかわらず,いずれの生徒も字幕を手がかりにしながら音声をきき取りたいという要求をもっており,シルエットインダクタの使用が効果的であることが示唆された。また,映像と共により高音質の音・音声を聴取することに喜びを感じている生徒が多かった。
シルエットインダクタでは,ボリュームを上げ過ぎると子どものダイナミックレンジが狭められてしまうため,逆にききづらくなることも予想される。補聴器のフィッティングの際に,出力調整をきちんとしていれば,耳の保護を保つことができるが,より快適なきこえを保障するためには,高等部の生徒でも,各自の補聴器に合わせて,指導者側で赤外線レシーバの増幅度を設定してする必要がある。

赤外線補聴器を使ってみて
インダクターとタイループについて

【目次】



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